2023-2024シーズンのグランプリシリーズ第3戦で、日本女子選手として初めて4回転トーループを成功させ、大きな注目を集めた住吉りをん選手。
彼女がフィギュアスケートを続けられてこれたのは、父親が会長を務める株式会社エストケムの成功による裕福な家庭環境があってこそです。
フィギュアスケートは、リンク代や衣装代、レッスン料など高額な費用が必要な競技であるため、家庭の経済力が大きく影響します。
それは、住吉りをん選手も例外ではなく、その恵まれた環境の中で4人のコーチによる徹底した指導や、バレエの専属コースでの体幹強化など、特別なサポートを受けながら技術を磨いてきました。
今回は、住吉りをん選手の家族構成に焦点を当て、両親や姉の役割、さらにはその裕福な環境が彼女のキャリアにどのように影響を与えたのかを深く掘り下げていきます。
住吉りをん選手のフィギュアスケートキャリアを支えてきた、家族とのエピソードも楽しみながら最後までご覧ください。
Contents
住吉りをんはお金持ちの娘!
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まずは、住吉りをん選手の家族構成を見ていきましょう。
- 父親:住吉徹さん
- 母親:住吉裕子さん
- 長女:住吉かのんさん
- 次女:住吉りをん選手(本人)
住吉りをん選手の家族は、両親と姉1人の4人家族です。
父・徹さんは、自身が代表取締役会長を務める「株式会社エストケム」の事業成功によって、住吉家を経済的に恵まれた家庭環境へと築き上げました。
このため、住吉りをん選手は“お金持ちの娘”として知られるようになりました。
そもそも、フィギュアスケートは特殊な環境での練習が求められるため、本格的に習い始めると、年間150万円から300万円以上の費用がかかるといわれています。
ここで、フィギュアスケートに掛かる主な費用を見ていきましょう。
- リンク代:年間約50万円〜60万円が一般的で、年間100万円以上になることもある。
- レッスン代:初心者の場合5,000円から15,000円程度でグループレッスンが中心。上級者になると個人レッスンも含まれ、年間100万円〜1,000万円になることもある。
- リンク使用料金:月に数万円(地域・施設によって異なる)かかることが一般的。年間100万円以上になることもある。
- 靴・刃代:スケート靴一足5万円から20万円程度で、メンテナンスを含めると年間約30万円掛かる。
- 衣装代:年間数万円〜100万円。衣装は既製品からオーダーメイドまで幅広く、選手によって異なる。
- 振付代:1曲あたり20万円〜250万円。振付師に依頼する際の費用で、特に有名な振付師の場合は高額になる。
- 試合関連費用:国内大会遠征費は数万円から数十万円。海外大会は年間100万円以上の出費が見込まれる。
このことからも分かる通り、フィギュアスケートは非常に高額なスポーツであるため、経済的な余裕が求められます。
やはり、ある程度裕福な家庭環境になければ、続けるのが難しいと言えるでしょう。
元フィギュアスケーターで振付師の村主章枝さんは「年間約2000万円の経費負担があり、フィギュアで生計を立てれるのは3人くらい」と言います。
日本の現役選手でフィギュアで生計を立てていられるのは具体的な名前は挙げなかったが「3人くらい」と苦笑い。「あとは本当に大変」と厳しい選手環境を明かした。
引用:デイリー
さらに、住吉りをん選手は、コーチを4人つける英才教育を受けたり、体幹を鍛えるためにバレエの専属コースに所属したりしており、一般的なフィギュアスケーター以上の費用をかけてきたようです。
また、姉・かのんさんもフィギュアスケートをしていたので、姉妹で習うとなると月謝や費用は2倍になります。
これらのことから、住吉りをん選手は裕福な家庭に育った“お嬢様”といえそうです。
住吉りをんの父親はどんな人?
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“お金持ちの娘”と呼ばれる、住吉りおん選手の父親はどんな人なのでしょうか。
ここでは、住吉りおん選手のフィギュアスケート活動をサポートする、父親の職業を深掘りしていきます。
父親は株式会社エストケムの会長
住吉りをん選手の父親の名前は、住吉徹(すみよし とおる)さん。株式会社エストケムの代表取締役会長を務めています。
画像引用元:株式会社エストケム
株式会社エストケムは、化学薬品や、合成樹脂、電子材料の輸出入や卸売を行う専門商社です。
年商は245億円規模(2021年12月期実績)の会社であり、この会社の会長を務める父・徹さんの年収は2000万円〜3000万円だと推測されています。
このことから、父・徹さんが経済面からも住吉りおん選手のフィギュアスケート活動をサポートしていることがうかがえます。
株式会社エストケムはどんな会社?
父・徹さんが代表取締役会長を務める、株式会社エストケムの情報を詳しく見ていきましょう。
株式会社エストケムの会社概要は以下の通りです。
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特に樹脂原料や電子材料、塗料の原料などの輸出入および卸売りを行っており、中国(上海法人)、韓国(ソウル法人)、香港などのアジア市場に強みを持ってる国際的な企業です。
住吉りをんの母親はどんな人?
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ここでは、住吉りおん選手の母親について公表されている情報を紹介していきます。
住吉りおん選手のフィギュアスケートキャリアを支える、母・裕子さんの献身的なサポート体制に注目です。
母親:住吉裕子さん
住吉りおん選手の母親は住吉裕子さんです。40歳のときに住吉りおん選手を出産しており、現在は61歳との情報があります。
母・裕子さんは、住吉りおん選手の練習や大会への送り迎えを行うなど、4歳から始まった娘のフィギュアスケート活動を全力でサポートしてきました。
画像引用元:JSPORTS
住吉りをん選手は、母・裕子さんとの関係について「自分がやりたいことを理解してくれる存在」だと話し、感謝の気持ちをあらわしています。
母・裕子さんの愛情と献身的なサポートは、住吉りをん選手のフィギュアスケートキャリアに大きな影響を与えてきたことに間違いありません。
衣装は全て母親の手作り!
母・裕子さんは、住吉りをん選手のフィギュアスケートの衣装を全て手作りしていました。
衣装の生地やパーツは、母・裕子さんが自ら購入しており、ラインストーンを一つ一つ縫い付けるなど、細部にわたるこだわりが見られます。
特殊な作りのフィギュアスケートの衣装制作を、デザインから縫製まで1人で行っていたことを考えると、母・裕子さんは、縫製関係の仕事に携わっていた経験があるのかもしれません。
東京夏季大会2日目!住吉りをん選手がジュニア女子SP1位✨鈴木明子さん振付、エルチョクロの妖艶なリズムに合わせ、大人っぽい微笑みを意識しているとのこと⛸ちなみに衣装はすべてお母様の手作りなんだそうです👗🎁#figureskate #未来のヒロイン pic.twitter.com/ik6PFX6TCk
— 【公式】フジテレビスケート (@online_on_ice) August 26, 2017
母・裕子さんの衣装作りには、徐々に住吉りをん選手も関わるようになっていったようで、「曲のイメージに合うデザインを振り付けの先生も交えて一緒に考える時間が楽しかった」と、言います。
この世界に一着しかない衣装は、住吉りをん選手が自信を持って演技をすることができた、一つの要因となっていたことでしょう。
住吉りをんの姉はどんな人?
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住吉りをん選手の姉は、住吉かのんさん。住吉りをん選手の4歳年上です。
顔写真や具体的な情報は公開されていませんが、住吉りおん選手がフィギュアスケートを始めたきっかけとなった人物でもあります。
お姉ちゃんが荒川静香さんのイナバウアーを見てスケート教室に通い始めたんですけど、私もまだ小さかったので一緒について行って。その頃は本当にお姉ちゃんの真似ばっかりしていたので、スケートもその延長でした。お姉ちゃんがやるなら、私もやるみたいな感じで滑り出して。気づいたら楽しくて続いていた感じです。
引用:JSPORTS
現在、姉・かのんさんはフィギュアスケート選手として活動はしていませんが、住吉りをん選手の衣装や演技についてアドバイスをおくる頼もしい存在として、妹の活動をサポートしています。
ちなみに、住吉りをん選手の名前の由来は、フランス語で獅子を意味する「Lion(リオン)」。彼女が8月生まれの獅子座であることから、両親が名付けました。
当初は「りおん」になるはずでしたが、姉・かのんさんの友達に「りおんちゃん」という名前の子がいたことから、「同じ名前をつけてほしくないと」と反対されます。
そこで、「お」を「を」に変えるかたちで付けられたのが「りをん」の名前です。
一度見ただけで印象に残る「りをん」の名は、姉・かのんさんの一言によって、生まれました。
住吉りをんの両親の教育方針は?
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住吉りをん選手の両親の教育方針は明らかにされていませんが、彼女の成長過程を調査した結果、2つの教育方針が浮かび上がってきました。
- 子供たちの意見を尊重すること
- やると決めたことは徹底的にやるこ
住吉りをん選手の幼少期は、野原を駆け回り、ボール遊びやお花見に興じる毎日を過ごす、自他共に認める活発な少女だったといいます。
そんな彼女は好奇心が旺盛。始めた習い事は、バレエ、水泳、ヒップホップダンス、ピアノ、ピラティスなど、小学3年生になる頃には7つにまで膨らんでいました。
これらの習い事に加え、「塾に通いたい」と、両親にねだったときには「さすがに減らしなさい」と、母・裕子さんにたしなめられたといいますが、娘のやりたいことを尊重する両親の方針が垣間見られるエピソードだと言えるでしょう。
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そして数々の習い事の中から住吉りをん選手がのめり込んでいったのはフィギュアスケートでした。
すると、両親は家族全員でスケートリンクの近くに引越しすることを決断。さらに、住吉りをん選手を、体幹を鍛えるためのバレエ専属コースに所属させたりと、徹底的な英才教育を行います。
また、住吉りをん選手がフィギュアスケートを「やめたい」と思った時には、母・裕子さんが冷静に対応。あえて、「その程度の思いだったんなら、別にやめてもいいんじゃない?」と返答し、逆に住吉りをん選手が自分自身で考える機会を与えました。
「あの時『やめちゃダメ』とか言われていたら、逆に違う気持ちだったかもしれないんですけど…」(住吉りをん選手)
このように、“やると決めたことは徹底的にやる”という、両親の教育方針のもとで育った住吉りをん選手は、「最後までやりきる気持ちが強い」、「やるぞと決めたことへの軸はぶらさない」と、自身のメンタルを分析しています。
「一瞬の、短期間のメンタルは強くないというか。でも逆に継続して自分がやってやるんだと決めたことは、ちゃんと最後までやりきる。そういう気持ちは強いのかと思います。」
「自分がこうやっていくぞって決めたものの中で、絶対に軸はぶらさないっていうのはできるので、そういう部分があると思います。」
引用:JSPORTS
住吉りをん選手が、自身の“才能の種”を見つけ、それを花開かせていけたのは、両親の教育方針があったからこそではないでしょうか。
住吉りをんの実家は都内の一等地?
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住吉りをん選手の実家は、東京都内の一等地に位置しているといわれています。
もともと都内に住んでいた住吉家ですが、住吉りをん選手が練習に通いやすいようにと、「明治神宮外苑アイススケート場」から自転車でおよそ10分の場所に家族で引っ越したというエピソードがあります。
明治神宮外苑アイススケート場がある渋谷区は、東京の中でも特に人気の高い地域の一つで、交通の利便性が高く、商業施設や文化施設も充実している地域です。
家賃相場は80万円から100万円ほどと高額になりますが、父・徹さんが会社の代表取締役会長を務めているという経済的背景もあり、都内の一等地に居住できているのでしょう。
このような、家族の経済的サポートや練習環境への配慮は、住吉りをん選手の競技生活を支えていることに間違いなさそうです。
住吉りをんのプロフィール
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住吉りをん選手のプロフィールは以下の通りです。
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4歳の時に姉の影響で競技を始めます。
原宿外苑中学校1年時の全日本ノービス選手権で、当時の歴代最高得点となる108.25点を記録し優勝しました。
駒場学園高校2年時に初めて全日本選手権に出場。その後、2022年に明治大学に進学し、オリエンタルバイオと所属契約します。
シニアに転向した2022-2023シーズンに初出場したグランプリシリーズ第3戦のフランス杯で銅メダルを獲得。
2023-2024シーズンのグランプリシリーズでは、ISU(国際スケート連盟)公認大会で日本女子初の4回転トーループを決め、2年連続3位に輝いています。
まとめ
今回は、住吉りをん選手の家族構成を紹介し、さらに、両親と姉についての情報を深く掘り下げてきました。
この記事のまとめは以下の通りです。
- 家族構成:父親:住吉徹さん / 母親:住吉裕子さん / 長女:住吉かのんさん / 次女:住吉りをん選手(本人)
- 父親:住吉徹さん/ 株式会社エストケムの代表取締役会長を務める
- 母親:住吉裕子さん / 住吉りをん選手の衣装を手作りしていた
- 姉:住吉かのんさん /住吉りをん選手がフィギュアスケートを始めるきっかけを作った
- 両親の教育方針:子供たちの意見を尊重すること / やると決めたことは徹底的にやること
- 実家は都内の一等地:渋谷区にある「明治神宮外苑アイススケート場」から自転車で10分ほどの場所に家族全員で引越している
住吉りをん選手は経済的に恵まれた環境で育ち、両親の全面的な支援を受けることでフィギュアスケートに打ち込んでこれたといえます。
もちろん、住吉りをん選手がフィギュア界のトップ選手に成長できたのは、彼女の才能と努力があったからだということも忘れてはいけません。
住吉りをん選手がフィギュアスケート界での新たな歴史を築きつつ、どのような道を歩んでいくのか、今後の活躍に注目が集まります。