現在、ブンデスリーガのボルシア・メンヒェングラートバッハに所属する板倉滉選手。
2019年にはマンチェスター・シティにも獲得されています。
サッカー選手としてエリートな板倉滉選手ですが、学歴はどのようなものでしょうか?
この記事では、板倉滉選手の学歴やサッカー経歴などを、当時のエピソードを交えながら解説します。
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板倉滉は川崎北高校出身!
板倉滉選手の出身高校は川崎北高校です。
川崎北高校は偏差値47の、県立の共学校です。
公立高校ですがスポーツに力を入れており、水泳部が関東大会、ダンス部が全国大会に出場しています。
しかし、板倉滉選手は高校のサッカー部には所属せず、川崎フロンターレU-18に所属していました。
画像引用元:川崎フロンターレ公式サイト
高校時代はサッカーに注力しており、3年生の時にはチームでキャプテンを背負っています。
板倉滉の学生時代のエピソード
画像引用元:川崎フロンターレ公式サイト
神奈川県立川崎北高等学校に進学し、川崎フロンターレU-18に昇格した板倉滉選手。
中学3年生の時は体格が小さくて試合に出ることができませんでしたが、U-18に昇格してから急に180cm以上にまで身長を伸ばします。
周りの選手よりも大きくなり、高校1年生でチームの主力だったそうです。
3年生の時にキャプテンになり、2年生に三笘薫選手、1年生に田中碧選手のいるチームを支えます。
また、U-18日本代表のメンバーにも選出されました。
中学では試合に出られなかった板倉滉選手ですが、急速に日本代表へ近づいたのは漫画みたいな話ですね。
板倉滉の学歴
板倉滉選手は高校卒業後にプロ選手になったため、最終学歴は川崎北高校で高卒です。
高校に進学するまではどのような学校に通っていたのでしょうか。
板倉滉選手の小学校と中学校について、当時のサッカー経歴も併せて解説します。
小学生時代
板倉滉選手の出身小学校は横浜市立荏子田小学校です。
しかし、小学1年生の時は西宮市の公立校に通っており、兵庫でサッカーを始めました。
学校の授業で行われたサッカー大会で活躍してサッカーにハマり、西宮市の「高木SC」に入団します。
地元の神奈川に戻ると、川崎市立鷺沼小学校に転入し、「さぎぬまSC」に所属。
さぎぬまSCは、日本代表の三笘薫選手や田中碧選手を輩出した、育成に優れたチームです。
小学生3年生の時に、横浜市立荏子田小学校に転校します。
また、小学4年生の時に川崎フロンターレU-12の1期生セレクションを受けて合格しました。
画像引用元:川崎フロンターレ公式サイト
板倉滉選手は当時FWでしたが、監督だった髙﨑康嗣さんのアドバイスでCBやボランチなどでプレーし始めます。
今の板倉選手があるのは高崎さんのおかげですね。
中学生時代
板倉滉選手の出身中学校は横浜市立すすき野中学校です。
中学生になった板倉滉選手は川崎フロンターレのU-15チームに昇格します。
しかし、他のチームメイトと比べて体の成長が遅く、周りと体格差ができて試合に出られませんでした。
一度は本気で「サッカーを辞めよう」と考えたそうです。
結局3年間続けましたが、3年生の最後の大会もほとんど出場できませんでした。
それでもU-18に昇格させた川崎フロンターレの目は素晴らしいですね。
板倉滉のプロ入り後の経歴
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板倉滉選手のプロ入り後の経歴は以下のとおりです。
2015年 | 川崎フロンターレ |
2018年 | ベガルタ仙台(期限付き移籍) |
2019年 | マンチェスター・シティ |
2019年 | FCフローニンゲン(期限付き移籍) |
2021年 | シャルケ04(期限付き移籍) |
2022年 | ボルシア・メンヘングラートバッハ |
板倉滉選手は2015年に川崎フロンターレのトップチームに昇格し、プロデビューしました。
しかし、川崎フロンターレは選手層が厚く、2015年から2017年までで17試合しか出場できませんでした。
2018年からは出場機会を求めてベガルタ仙台に期限付き移籍をして、チームの中心人物になります。
翌年には川崎フロンターレに復帰することが期待されていましたが、マンチェスター・シティへの移籍という予想外の結果になりました。
しかし、イングランドでの労働許可が下りず、オランダのFCフローニンゲンや当時ドイツ2部だったシャルケ04に期限付き移籍します。
シャルケ04での2部優勝や1部昇格などの功績が認められ、ボルシア・メンヒェングラートバッハに移籍し、主力として活躍しています。
板倉滉の日本代表経歴
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板倉滉選手は2015年にU-18日本代表に選出されました。
世代別代表で初出場したのは、2016年10月に開催されたAFC U-19選手権の準決勝ベトナム戦です。
その後、世代別の代表に招集され続け、2019年板倉滉選手が22歳の時にコパ・アメリカでA代表デビューします。
また、2021年の東京オリンピックにも出場し、途中出場がほとんどですが日本のベスト4に貢献しました。
2022年のカタールW杯では怪我明けの冨安健洋選手にかわりスタメンとして出場し、ベスト16進出に貢献します。
2024年に開催されたAFCアジアカップ2023にも出場しており、今後のA代表を支える存在として期待されています。
板倉滉のプロフィール
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板倉滉選手は、川崎フロンターレの下部組織で育てられた日本代表不動のCBです。
1対1の強さや空中戦で高い勝率を誇りながら、川崎で鍛えられたパス精度も持ち合わせています。
地上と空中のどちらでも敵を圧倒し、攻撃にも貢献する現代的なCBです。
まとめ
今回は板倉滉選手の学歴や経歴について解説しました。
この記事でわかったのは以下のとおりです。
- 板倉滉選手の出身は川崎フロンターレ
- サッカーを始めたのは兵庫県の「高木SC」
- 小学4年生から高校卒業まで川崎フロンターレのアカデミーに所属した
- 高校卒業後は川崎のトップチームに昇格しプロデビューした
- A代表デビューは2019年のコパ・アメリカ
板倉滉選手は、同世代に日本代表の三笘薫選手や田中碧選手などを輩出した川崎フロンターレの下部組織でプレーしていました。
同じ下部組織のチームで同時にプレーしていた選手たちが、今でも日本代表でプレーしているのはドラマチックですね。
今後も板倉滉選手や川崎出身の日本代表選手たちも応援しましょう。